わたしのウチにはなんにもない
感想というか(ry
ちょっとずつ物欲が戻ってきて、私って雑貨屋さんを巡ったりとか、文房具とか、かわいいもの、ときめくもの、好きだったんだなあって思い出すことができました
ここ数年の私は、なんていうか「新しい自分になるから新しいことをしなきゃ、昔の私には戻れないから新しい何かを探して好きにならなきゃ」みたいなそんな思考があって
コーヒーをはじめたからコーヒーの生活にしなきゃ(?)とか、そんな自分に合わせてシンプルなものがすきになりたいとか、おすすめしてもらったものを好きになろうとしたりよくわからないけれど新しい自分を探して必死になってたりしてたような気がします。囚われてたのかな。呪いかな。こわいねえ。
よくわからないけれど新しい自分になろうとしてみたけどやっぱり当たり前だけど疲れるし自分じゃない感がすごいし何やってたんだろうなと思うことができて
昔好きだったこと、たとえば絵を描いたりとか音楽聞いたりゲームしたりとかしてみても自分を許せるようになったというか、妹のことも思い出さなくなってきたし、もうそんなに自分のことをいじめなくてもいいんじゃないかなあと思えるようになってきたのかなと書きながら思ってきました
人にはめちゃくちゃ優しいけれど自分にはめちゃくちゃ厳しいなあって書いてて実感するわろた
自分の大切なお洋服とかを見て、ああこれはほんとに大切なものなんだな、好きだなって愛情がわいてきて、そんな少数精鋭な宝物をこれからも大切にしていきたいと思いました
そのついでに、それを大切にする自分も大切にしようねと毎日少しずつ唱えていこうと思うぞ
そんな私の大好きなものはチーズケーキ(?)
最近認知の歪みというのが自分の中でホットな話題なのですが、最近さらに色々学びがあったので記すね
つらつらと書きながらだからよみづらいや!
引っ越して一年たって流石に引っ越し先や仕事にも慣れてきました。やっぱりお局とはいまいち気持ちが合わなくて、このやろ〜って思いながらも少しずつ認めてくれる人が増えてきてその人たちと働けばいいや、お局はなんか敵対してくるけどほかっとこう、わかってくれる人だけわかってくれたらって思って働いてたんだけど
店長からはずっと私のことを嗜められてて、うまくいってないように見られてるのがずっと疑問で、苦しくて、なんでだ〜〜〜思ってたんだけども
そりゃあ言わないとわからないよなっていきなり気づいたわけです
店長からしてみたらにこにこしてると思ったらいきなり泣いてるし(わかってくれて声をかけてくれる人の優しさに涙出たりはよくあった)
素で話してる人の前ではてきとーだけど店長の前では店長だしってことですごい真面目だったし、店長も忙しいからこんなことで手を煩わせたくないしなにより自分がめんどくさいからお局ぶつかった時だけ報告を淡々としてて、店長も真面目だから私も同じように察しちゃってて、本音も全然言わない
だから私ってなんなんだ??って不信がられていたのかなってようやく気づいてそりゃあそうだよなあと思いました
私の思考とか気付いて色々立ち回ってることに気付いてることを知ってるのと、知らないで間に挟まれるのでは全然違うものね
繊細で優しいのだろうな、いつも気にかけてくれて私と同じだけ距離を縮めてく伺うタイプの人だからいつまでたっても距離が縮まらないんだろうなって思った
そこまで不審に思わせてしまったのが申し訳なかったり、そこまで私ってわからなく見えてたのかなってびっくりしたり、色々お局からのタレコミ?があっても「そんなことないよ」って言ってくれるだけの信頼がある人と思ってたけど全然なかったのかってびっくりしたり(自分が出してないからそれはそう)、自分が出さないとわからないんだなってびっくりしました
なんていうか、いろんな人を巻き込んじゃうくらいなら何も言わずにへらへらあたりさわりなくいたほうがいいや、めんどくさい環境だしとか思ってたけど
周りの人からしたら私という人間が何を考えてるかわからないというのもなかなかに怖いよなって思うことができまして、ほんとに、うまくいえないけれども
そんな感じてこれからは店長の迷惑とか考えずに知らなくて怖がらせてしまってるから色々伝えようと思いました、自分も伝えてもらった方がうれしいものね、ほんとに、未熟〜〜〜〜
軽い感じで本音を出せたり助けを求めることができる人をとても眩しく思えて少し羨ましくて、人を頼るとか吐き出すって手段がなかなか出てこなくてさ
やっぱり生まれてきた環境とかもいろいろあるのかなあっておもえたの、うん、